私にオススメしてください。

成人女子が趣味を模索するブログ。なんかおもしろそうなことあったら教えてください。

記憶。

こんばんは。毎日お鍋が美味しいです。


地元でアルバイトをしているので、幼稚園から中学校にかけてのどこかで一緒に机を並べた、他人と顔見知りとの中間くらいの人が良く来店する。
ほとんどが知らんふりをする。
こっちは名札を付けているのに、向こうには名札が付いていない。どう考えても不利だ。地雷はなるべく踏まずに生活したい。
そんな人たちの中に、たまに昔好きだった人が混じっている。
というか混じっていた。何度か対応していたはずなのに、ずっと、気づいていなかった。
この間レジを打っていて、最後の袋を渡す段階の直前になって気づいた。そして、何度か来ているよな、この人、とぼんやり思った。
見た目に大きな変化があった訳ではないのだけれど、まあきちんと垢抜けていて、隣には彼女がいた。
その人が忘れられない、という訳ではないのだけれど、私にはその人以来いわゆる「好きな人」がいない。
最後に好きになった人の顔を忘れてしまった。それ程年月が経ったのだとそのとき思い知らされた。
彼以外にも、旦那さんらしき人と連れ立って来店する人、とっくに何かの仕事についているのだな、という人、子どもがいる人、引っ越したのだろう、ぱったり来なくなった人。みんな、違う世界の人間のような気がする。私はあの頃からどう変われたのだろうか。変われていない、と思っていたけれど、あの頃の記憶はどんどん薄れていく。
私はいつまでこの生活を延長していくのだろう。

こんな話、物凄くありきたりで、物凄くありふれた不安感なんだろうけれど。

私は、あの頃の友だちを知らんふりするふりをして、時間の流れにも知らんぷりを決め込んでいる。

長命。短命。

こんにちは。
1か月半くらい前に「昼夜逆転が治った!」って喜んでたくせに、最近また目が覚めると午後です。


年が明けてすぐだったと思う、椅子を買う!と家具屋に出かけた親が、珪藻土マットを買って帰って来た。
珪藻土マットが話題になって流行ったのって、2、3年前な気がする。新しもの好きの友人(金持ち)が喜々として絶賛レビューをツイートしていた記憶がぼんやりある。
そのときは見向きもしなかった、流行りものに流されにくい、珪藻土マットという言葉を知っていたことすらちょっと意外、というレベルのうちの親が、大掃除したての脱衣所に珪藻土マットを設置した。

次の日。
私は朝から用事があり、休日にしては珍しく早起きをした。結果、休日朝の優雅な長風呂を楽しんでいる最中だった父と軽くもめた。
そのときはまだ、珪藻土マットくんはつるんとした完全体で脱衣所に鎮座していた。
数分後、父が風呂から出てきた。さぞかし文句を言われるだろうと思って身構えていたら、なんだかしおらしい。どちらかというと自分の非を認めたがらないタイプの父は、逆にちょっと申し訳ないと思うことがあるとめちゃくちゃ分かりやすくそれが表に出る。そして痩せているとは形容できない体系をしている。

「割れてしまった…」

わずか1日の命であった。

「でも、これ以上割れることはないと思う」

次の日、私が風呂に入ろうとすると、珪藻土マットは3つに分裂していた。

現時点で、珪藻土マットの分裂は止まっている。3つに分裂した状態で、何事もなかったかのように一家の足裏の水分を吸収し続けてくれている。正直割れた部分で足を切る危険性が0ではない気がするので、絶対的に好ましくない使い方だと思う。でも誰も何も言わない。

服は家族の中でぐるぐる回っているし、バイト用の服や靴下は中学生のとき着ていた物。
スマートフォンは買った時点で数世代前のやつを何年も使ってる。パソコンもしかり。
スキーグッズはほとんどお古。
話題の新品珪藻土マットは1日で死亡。死んだ状態のまま長く愛されそう。

良くも悪くもなにかが深く染み付いてしまっている。
この先この家を出たら、私から謎の液体が出て、新しい家や家族に同じ染みを作るのだろうか。
それとも、新しい染みが付くのだろうか。

最近珍しくおしゃれな指輪を買った。
「なるべくつけっぱなしにして頂くと、使用感がでてより味わい深くなります」
と言われたので、つけっぱなしにして寝たら、寝ている間に外れて消えた。
3日の命だった。

はじめてのさいん。

こんな時間にこんばんは。船着き場です。
いろいろあってこんな時間に目がギンギンなので、『今週のお題「私のアイドル」』というのを見て書きたいことが浮かんだので書いて寝ます。初めに言っておきます、お題あんまり関係ないです。


この間、幸運なことに、とても好きな人から、直接サインを頂ける機会があった。

いきなりだけれど、私は三次元の推しからのいわゆる「認知」は要らない派。
何故かというと、自分に全く自信がないから。特に見た目に。ファンという集合体の一部として、ファンという概念に向かって発せられた「愛してるよー!」とか「今日来てくれた方全員に心からの感謝を」とかいう言葉を噛み締めているのが、ノーリスクで幸せを感じられるから、それで良い。個として認識されてしまったら途端に、推しから私に対しての何かしらの評価が多かれ少なかれ下される訳で、それが良い評価である保証はどこにもない。卑屈をこじらせまくっている私からしてみたら、その可能性は無いに等しい。だから、認知は要らない、というより、認知されるのがめちゃくちゃ怖い。とあるイベントで最前が当たったとき、ステージ上の推しと目が合いそうになると反射的に逸らしていた。こじらせ過ぎ。
けれどやっぱり、ライブやイベントにはおしゃれして行くし、ちょっと目に留めてもらえないかな、とか考えている自分も確実にいる。
でも怖いのは本当の本当に本当。ブスと思われたくない>認知されたい だ。恐怖の方が圧倒的にでかい。

そんな私が、なんか勇気を出してしまった。何がそうさせたのかはわからない。

結果冴えない自分に自信が皆無な成人女性の私は緊張で何を言ったかまるで覚えていないし、顔がすごい痙攣したし、握手してください、が言えなかった。
「もしよろしければサインしてもらえますか」で力尽きた。
自分にめちゃくちゃがっかりした。
神対応と言われている人だけど、なんだか私の対応をしてくださっているときは後ろをしきりに気にしていた。私の目があさっての方向を見ていたからかも知れない。

勇気を出して一歩踏み出した自分、グッジョブ!そうしてあなたはどんどん明るくなっていけばいいのよ!という声と、やっぱり好きに近づき過ぎるのはやめるべきだ…一定の距離を保ち、細く長くが一番だ…という声がぐるぐるして、今凄く疲れている。

アイドルイベントや役者さんのイベントでゴリゴリに認知されている人、本当に凄い。
そういう人のコミュニケーションスキル講座とか、自己啓発講座とかあったら絶対行く。

とにかく今は、「相手は私のことなんて覚えていない、大丈夫だ」と自分に言い聞かせて、もらったサインをどう保存しようか考えている。
嬉しさと後悔は同居できる。

おしまい。

私が本と映画と漫画とアニメとその他もろもろを摂取する理由。

こんばんは。船着き場です。
この寒さがあってこそ、マフラーをしている女の子の可愛さが引き立つのです。今日はですますはここまで。


 ものすごくチープな言い方になってしまうけれど、私は物心ついたときから、自分には何かが欠けていて、そのせいで自分の何処か見えないところに大きな穴が空いていて、大事なものが足りないし、素晴らしいもの、大切なことの中をくぐっても、何も自分に残らない、残せないような感覚に、常に苛まれている。
 欠けているものは算数の能力かも知れないし、物事を楽観視する能力かも知れないし、他人との距離を正しく測る能力かも知れない。具体的な事例を言えば、海外にホームステイしても周りのみんなが言うように何かを得たという気はしなかったし、大学まで行かせてもらって、ずっと成績はそこまで悪くなかったけれど、今の私の脳みそや体に、知識面や技術面で何かが残っているという気はまるでしない。
 まあここまで列挙したうちのどれも、別に穴とは関係ないのかも知れない。

 「人生を変えた一冊」とか、「人生を変えた一本」という言葉を、日々の生活の中でほぼ毎日どこかしらで目にする。その表現はきっと誇張でもなんでもなくて、実際世に出された作品で、誰の人生にも影響しなかった作品なんてないんだろう。
 私はそこまでの読書家ではないけれど、たぶん、その辺の大学生よりは本を読んでいると思う。いや、最近ライトノベルをすごい勢いで読む人に結構出会うので、そんなことも言えないレベルかも。とりあえず、物心ついた頃から読書習慣があって、今年まだ一冊も読んでません!みたいな層にはいない。それでも、そんな風に言える本には出合ったことがない。感動した本、面白くて夢中で読んだ本、素晴らしいと思った本はたくさんある。というか今まで出会った本はほとんどそう思って読んできた。でも、単なる娯楽体験を超えて、人生を変えるなんて衝撃には出合ったことがない。
 
 最近、これは穴のせいなのでは、と思うようになった。私も、私を通り抜けない支えが欲しい。あの子みたいに、「これが私の人生のバイブルです!」って言えるものがあれば、もうちょっと生きやすいはずなのに。
 そう思うと同時に、世の中の一部の大人のが、絶対的正論として「若いうちに上質な本と映画にたくさん触れておけ」というのに腹が立ってきた。「若いうちに触れておけ」これは確かだと思う。だって、大人たちに「上質」とされたものの中から、人生のバイブルを見つけられる人は見つけられる。けれど、私みたいに、「若いうち」の終わりが見えかかっても、見つけられない人だっているのだ。
 
 読書や映画鑑賞は強制されるべきものじゃないし、ましてや漫画やアニメやゲームより上位のものでもない。全部あくまで「娯楽」だ、と私は思う。そして等しく、受け手に何かを訴えかける力を持っている、と。私は高校生の後半まで、小説が上位の存在だと思いこんでいた。だから、同年代なら誰でも知っている漫画やアニメを、私は通って来なかった。もしかしたら私のバイブルはそこにあるのかも知れない。あの頃に戻れたら、あの頃の自分で、読みたい漫画、観たいアニメ、やりたいゲームがたくさんある。そんなことをいまさら言ってもしょうがないので、今の私は、もがいている。

 読書自体が好きとか、映画鑑賞が好きとか、アニメが好きとかとは少し違う。私は、ありがたいことにこの先もだらだらと続いていきそうな気がする私のどうしようもない人生が、少しでもどうしようもあるものになるように、穴を埋めてくれる何かを血眼になって探しているのだ。

一応、楽しみながら。

将来。

先日、就職先の新年会がありました。
行く前までめっちゃ憂鬱で、友人にめんどくさいLINEを送りまくりましたが、行ってみたら案外楽しめました。一つ二つ後悔することがないでもないけれど。

帰り、電車が同じだった子と、入社後の話になりました。

話の結論から言うと、二人とも今の会社に長居するつもりがあまりなかった。
後ろ向きな意味ではないです。

私もその子も、大学で勉強したこととほとんど関係のない職種に就きます。
「関係ないことやってみたくなっちゃった」
で意見が一致しました。
だから、4月から働いてみて、自分に合っている、やりがいがあると思ったらずっと勤めるかもしれないし。
やっぱり大学で取った資格や知識を生かしたいと思ったり、働きながらであった全く今頭の中にない分野に興味が出てきたりするかもしれない。

就活中、「一生働ける会社を見つけよう」「就活に失敗しないために」という文句を何度も聞きました。
合説に行くと、名前の知れた企業のブースにはたくさん人が集まるけれど、誰も座っていないブースもたくさんありました。当たり前ですよね、合説の宣伝だって、「あの有名企業が来る!」って言ってるんですから。有名企業のブースは良い位置にあるんですから。
結局「失敗しない=大手企業に就く」なのかよ、って、私のひねくれ精神に火が付きまくってました。

悪い言い方をすればぼんやりふにゃふにゃした「働いてみないとわかんねーよ!一生続けたいことなんて見つけてねーよ!」という私みたいな考えの人が、同じ会社に居てほっとしました。

全く纏まりのない文章ですみません。いつも長々書きすぎるので、この辺にします。
あけましておめでとうございました。

なんでかよくわからないこと。

めちゃくちゃお久しぶりです。暑くなる前に始めたような気がするこのブログも、ほとんど更新しないまま今年が終わります。


先日、卒業論文を無事提出し、大学を4年で卒業することがほぼ確定しました。
大した内容書いてないし、大した時間もかけていないけれど、まあこれがないと卒業できないらしいし、卒業してからも「大学で何やってたの?」って聞かれたときに困るって脅されて、そういう脅しに屈してしか来なかった私なので、とりあえず書きました。

卒論を書き終わり、単位もほぼ取り終わっていることによって、小学校入学以来続いてきた私の16年間の学生生活はひとまず終わったと言っていい状態にあります。

この16年間は、ひたすら「やらなくちゃいけない」という考えに追われ、責められ続けた16年でした。
宿題、テスト、受験。
もちろん嫌なことばかりじゃなかったし、今自分のため、将来の自分のため、になっていることもたくさんあるはずなのだけれど、無駄にそして中途半端に「真面目」な私にとって、精神的に何度もしんどくなった16年間でした。

つい一週間前にそれらから一時的ではあるけれど完全に解放されて。
一番最初にやりたくなったのは、今まで全くやりたくなくて、後回しにし続けてきた荒れ狂った部屋の掃除でした。(なんでかよくわからないけれど、NUMBER GIRL聴きながらだと掃除めちゃくちゃはかどる)
そしてずっとほしかったのに注文すら面倒で買っていなかった座椅子を購入し、支度して家を出てブックオフにゲームを買いに行く私。近年まれにみる行動力がどっかから湧いてきてました。
そこから今日まで、寝つきが良くなり、完全にではないけれど昼夜ひっくり返り気味だった生活があっという間に元に戻り、毎日TOEICの勉強して、早起きして映画を観に行って、学校終わりに映画を観に行って、読みたかった本を読んで…と、すごくまともな生活を送っています。
もうほんと、なにもやりたくなくて、15時間ぶっ通しで寝てたあの頃が嘘みたい。

「やらなくちゃいけない」という思いは人一倍強いくせに、そう思えば思うほどやる気が起きなくて、その時間マンガ読んじゃうとかならまだいいのに、何もせずスマホを眺めて時間が過ぎる。「やらない」という選択肢はないから、期限ぎりぎりで苦しんで、そんな自分に吐き気を催す程嫌悪感を覚える。
周りからしたら相当矛盾した行動と心理状況に見えるんだろうと思いますが、そんな葛藤?に苦しんだ16年。
書いてても馬鹿でグズだなって思います。

それから解放されたら、自然と「やりたい」ことと「やろう」という気持ちがむくむく出てきました。
なんでなんだろう。皮肉にもほどがあります。

「やらなくちゃいけない」と思うとそれだけじゃなくて他のこともやりたくなくなって、その縛りから解放されるとなんでもやりたくなる。
今ほんとに、ちゃんと生きてるな、って感じです。まだ一週間ですが。
やっとブレードランナー2049観に行けました。ジョイちゃん一家に一台欲しい。

就職は決まっているので、4月からまた何かに追われる生活が始まるのだろうと思いますが。でもこの次何かに追われるときは、一応社会の一員としてのお仕事に追われているはず。グズな大学生として単位のための課題に追われているよりは精神的にはマシなのではと考えています。社会人の皆さんに甘いと言われそうで大きな声では言えないけれど、割と早く学生を終えたいなと思っています。周りにはあんまり理解されません。

なんでかわからないけれど、とりあえず、私に学生は向いていなかったんだろうな。
向いてなかったことを16年間つづけた私、お疲れさまでした。


なんでかわからないことがもう一つ。
半年前に書いた『図書館の魔女』のとりとめもない感想のようなものに、最近コメントをいただきまして。
驚いて久しぶりに管理画面を開いたら、なんだかここ1、2か月毎日平均して10件ほどのアクセスがこのブログにあり、ほとんどの方が図書館の魔女の記事からのようで、さらに驚きました。
なんでそんなことになっているのかわかりません。ほとんど更新もしていないのに。

すみません、本題はそこじゃなくて、はてなの機能をよく理解していないので、コメントをくださった方に何かリアクションをとろうと思ってもかなわず。
この場で「コメントありがとうございます」を言わせてください。
図書館の魔女、実はまだ最後まで読めてないんです。
読みます、4月までに。


お風呂に入ろう。

小説『図書館の魔女』をめっちゃアニメで観たいという話。

どうも。
やらなくちゃならないことからひたすら目を背けてガンダム(ちょうど10周年のやつ)鑑賞に勤しんでおります、船着場です。
狙い撃たれたい。毛布掛けてもらいたい。
近況報告はこんなところです。


閑話休題

さて、私は小説や漫画を、「これはアニメで観たいな」「これは実写で観たいな」と考えながら読んでしまう質です。
役者さん知識はほとんどありませんで、キャストは知る範囲で一応考えてはみますが、「誰に演じてほしい」という思考以前に、読み進めていくうちに大体なんとなく「これはアニメ」「これは実写」と勝手にイメージが湧いています。

最近読んだもので言うと、
イブニングで連載中の『累』は断然実写で観たい。(コミックですが)
夜は短し歩けよ乙女』は、先日アニメになりましたが、私は読んだときは実写で観たいなと。『宵山万華鏡』も実写で観たい。
遠藤周作の『真昼の悪魔』は、昔実写ドラマやっていたそうですが、私の勝手な読後感は「この狂気はアニメで観たい」。
読んだのはだいぶ前ですが、今本棚を眺めて見つけた辻村深月の『オーダーメイド殺人クラブ』はどっちも観たいけど、どっちかっていうとアニメかなあという感じ。
完全に主観です。しかも曖昧な。


そして。
今現在読み進めている小説で、読めば読むほど「これ映像で観たい!アニメーションで観たい!」という気持ちが強くなっていくのが、講談社ノベルズから出ている『図書館の魔女』(高田大介著)です。

魔女はでてきません。魔法使いもでてきません。魔導書は出てきますが、偽物です。

こちらシリーズもので、現在文庫本では『図書館の魔女』第一巻~四巻、『図書館の魔女 烏の伝事』上下巻が刊行されています。
私自身まだ三巻の途中までしか読んでいないこと、また、軽い情報がネタバレにつながる作品であり、ネタバレは避けた方が楽しめる度がアップする作品であることを考慮して、私からのへたくそなあらすじ説明は避けます。第45回メフィスト賞受賞作であり、公式サイトがありますので、あらすじ等はこちらを御覧ください。
kodanshabunko.com
以降こちらを読んでいること前提で話を進めます。

(ネタバレは避けますが、ネタバレによって面白さがほぼ消し飛ぶような脆い作品ではないことは断言します)

なぜ私がこの作品を映像で、そしてアニメで観たいと思ったのか。ここからはそれをつらつら書いていきたいと思います。

登場人物たちの手話が映像で観たい

真っ先に思ったのはこれでした。
声を持たないマツリカやイラムは、作中で、声を持つものより雄弁に語ります。
文章で表現されているだけでも、さぞかし「表情豊かな手」なんだろうなと思わせるマツリカの手話に始まり、だんだんとそれに応じていくようになるキリヒトの手話、うるさいけれど優しさに溢れたイラムの手話、これらを是非映像で観たい。そして、作中では文字の羅列として読者に示される手話の内容を、その手の動きとともに音で聞いて同時に理解したい。もちろん字幕という手もありますが、私は映像化するなら声をつけてほしいなと個人的に思います。私は彼女らの手話からキリヒト達のように細かな感情までは読み取れないので、やっぱり音で聞きたいです。
マツリカ様は怒るかもしれませんが。

登場人物の設定がアニメ映えしそう

この物語には多種多様な人種の人物が登場します。その筆頭が司書の二人。
ハルカゼはアルビノで銀髪ロングの長身。
キリンは濃い褐色の肌の持ち主で黒髪に真っ黒な瞳。
対照的な二人ですが、ハルカゼは情報戦のプロ、キリンは軍事戦略のプロとして描かれています。

主人公コンビのキリヒトとマツリカは、お互い方向性は違いますが、年齢とその能力のギャップが周りの大人に奇妙な不安感を植え付ける、そんな少年少女。

物凄く運動神経が良いという設定のキリヒトの洗練された身のこなしがアニメで観たい。
下にも同じようなことを書きますが、私は脳内で立体的に人の体の動きを映像化するのが苦手なので、文章で書かれた彼の手足の動きがどうしてもきちんと想像できない。けれど、むちゃくちゃスマートでかっこいいのはわかります。一か所どうしても観たいキリヒト大活躍シーンがあるのですが、大きいネタバレを含んでいるので言えない…くぅ。
あのシーンアニメにしたらむちゃくちゃ動くんだろうな…とだけ。

そしてなんといってもマツリカ様。
図書館のトップに君臨し、膨大な量の知識を有し、そしてそれらを繋げ、組み立て、繙いていく能力に異様に長け、「図書館の魔女」と恐れられる人物。
しかし実は、背の低い、色白の、まだ幼い美少女で、態度は高慢で高飛車。すぐに人を馬鹿にしたように意地悪を言う。基本的に行儀が悪く、椅子に座って本を読みながら、床につかない足の靴下をその辺に脱ぎ捨てる。すぐに葡萄酒をちびちび舐める。
そしてその手は実に表情豊かに、誰より「言葉」に精通しながら、声を発することの叶わない彼女の言葉を紡ぐ。
こんなにアニメーションで観たい少女はいません。

基本的には素直で訥々と話し、知識もそんなにない為マツリカにやられっぱなしのキリヒトですが、身体能力を試される場面では二人の立場が逆転します。そういう話ではないのは百も承知で言いますが、萌えます。

キリヒトはマツリカの手話通訳になるため図書館にやってきたのですが、主従とも、相棒とも言えるような言えないような、この二人のこの先の関係性は如何に…
ちなみに三巻現在では切なさと危うさと心強さとって感じです。

山々の風景や城外の風景、建物同士の位置関係を絵で見たい

これに関しては完全に私の馬鹿さを露呈する話なのですが。
この小説、特に一巻は、私は読むのにかなり時間を要しました。
というのも、内容が基本「外交」のお話なので、地形、機構、街や建物の構造等々を文章で説明している部分がすごく多いんです。
これをきちんと脳内で整理出来たらもっとお話が面白いはずなので、何度も読んで考えるのですが、脳内で地図を組み立てられない人間にはしんどいものがあります。
これをビジュアル化してもらえたら…という他力本願な考えからもアニメ化希望です。


最後に。
「アニメ化してほしい」という視点でここまで『図書館の魔女』について語ってきましたが、このお話のなにより魅力的なところは、「練りに練られた世界」「練りに練られた展開」だと思います。作者によって構築された世界に隙がないのです。
一応ジャンルはファンタジーなのだと思いますが、世界の仕組みや物語の展開に関して、「いやここはこういう世界だから」という言い訳は一切ありません。
言語学、地理学、地質学、歴史学その他諸々の現実世界の学問の知識を著者はどれだけ持っているのか空恐ろしくなるレベルです。

少し悪い言い方をすると、この世界、ストーリーに関して、読者に想像して創造する余地はあまりありません。読者が尽力せねばならないのは、いかにここにつづられた文章が示すものを正確に解せるか、です。

読者の妄想に任せがちな登場人物の容姿も、この小説では克明に記されています。その余地があるのはそれこそ彼らの声くらい…といいたいところですが、声を持つ人物の声の特徴も、抽象的ではなく具体的に記されているのです。
それが吉と出るか凶と出るかは読み手次第。

しかし、凶と出てしまった人に、このお話自体の面白さが伝わらないのはもったいなさすぎます。話の壮大さ、伏線の緻密さ、個々のキャラクター(結構多い)の生き生きっぷりは、海外作家のファンタジー作品に引けをとりません。

そして、こういう原作の世界がきっちり決まっている作品は、アニメ化と相性が良いと思うのです。
現実のものや人間でこの世界をなぞると却って不自然になる気がします。リアルを突き詰めた虚構を現実世界で表現しようとすると違和感が生じる。矛盾ですね。
ともかく、いろんな人種が出てくる時点で、日本人だけで実写化はしてほしくないです。

どっちみち、映像作品になれば、凶と出てしまった人、そもそも読書が苦手な人にもこの作品の面白さが伝わるのではないか!と思うと、心の底からアニメ化を願ってしまいます。
賞をとった作品ですし、もしかしたらもうそういう話は出ているのかも知れません。


以上、長々とお付き合い頂きありがとうございました。
これから00劇場版を鑑賞します。


図書館の魔女 第一巻 (講談社文庫)

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余談。昔ジャンプSQでやってた遠藤達哉の『TISTA』がすごい好きでめちゃくちゃアニメ化してほしいんですが叶わぬ夢ですかね…

TISTA 1 (ジャンプコミックス)

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