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ハードカバー版を買うお金がない。

「読書記録」なるものをつけている方はこの世にどれだけいるのでしょう。
せっかく読んだ本を読んだきりにしておくのも勿体ないと思うので、本を読んだらなんとなくここに記していきたいと思います。
たまたまどなたかの目に留まって読書タイムの手助けになればこれ幸い。


先日、ようやっと『火花』を読みました。
文庫で出るのをぼんやり待っていたところ、二、三カ月前に文庫版を発見、購入していわゆる「積読」していたものを、最近きている「本読みがやたらとはかどる波」に乗って読破しました(読破といっても本編は200頁もありませんが)。
私が買った当時の帯によると、累計300万部突破とのことですから、今更レビューもくそもないですが、自分用の覚書というていで書きます。


まず、私は、全て丸っとハッピーエンド!のお話も好きだけれど、バッドエンド、鬱エンド、含みがあるエンド、が大好物。なぜなら、そのお話の「その後」を考える余地があるから…というのは表向きな理由で、実際は「現実そんなにうまくいくわけねーだろ!」という、フィクション作品の根底に素手で殴りかかるでくのぼうみたいなひねくれた思考の持ち主だから。
そこの観点からいくと、このお話は、主人公たちが芸人という、一般人からしたら現実離れした存在であるにもかかわらず、えげつなく、そして優しく「私たちの現実」が切り取られていて。そこがすごい。下手をすれば、テレビ番組でよく特集されている、貧乏芸人の生活や、過去の貧乏エピソードと同じ感覚で受け取られてしまうかもしれないのに、そうはなっていなくて、「売れない芸人って大変なんだな」という客観的感覚とは程遠い、もっと自分自身の現実を突きつけられたような気持ちになる。

自分の考えに素直に従って、それに疑いも持たずに生きていきたいという欲望はきっとだれにもあって、そうすることが正しいんだ!とする自己啓発本もたくさんある。
逆に、周りにも気を遣って、自分にも気を遣って、堅実に生きなければならないという誰かからかけられた縄もある。そういう生き方の方が結果幸せになれると説く自己啓発本もいっぱいある。
前者の象徴が神谷さんで、後者の象徴が徳永。
きっとこの対立に、「どっちがより正しい」という結論は永遠に出ない。もしかしたら、「自分により合っている」ものはあるかもしれないけれど、どっちみち「これで正しいのか」という葛藤からは逃れられない。この本を読んだ人は、自分の中での葛藤を、神谷さんと徳永くんを通してストーリーとして形にすることができる。それは、この本に限らず「本を読むこと」の意義で、その為の材料がきちんと揃っているからこそ、この本は賞を獲ったのだろうなあと思う。

もう一つ、この本を読んでいてほっとしたこと
徳永は神谷さんのことを心から尊敬していて、もちろんこれは嘘じゃないけれど、同時に蔑んでもいる。神谷さんから徳永に対してもそう。

「憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り混じった感情で恐れながら愛する」

私は人間が近しい他人に対する感情としてこれが普通だと思うし、それをはっきり文章にしてもらって安心した。
ツイッターの本アカで「大好き♡」と書いて、裏アカで「死ね」と書く。行為自体は最低だけど、根本的な感情自体は当たり前のものじゃないだろうか。分けて考えるから、「表」と「裏」に分けるから、変に隠すから、ややこしくなる。
どんなに仲の良い友人に対してだって、プラスの感情ばかり持っている訳じゃないはずなのに、それを自分に対しても他人に対しても否定する人の多いこと。みんなペルソナやったらいいよ。

長々と書きましたが。
芥川賞作品ですから純文学ですので、SFやファンタジーばっかり読む人や普段本を全く読まない人が話題だからって読んでみた場合、ちょっと読みづらかったんじゃないかなあ。
この「淡々」とした感じは「読めねえ…」って方もいるかもしれません。
でも本編は文庫でたった170頁ですし、舞台が渋谷吉祥寺近辺で風景を想像できる人も多いでしょうから、そんな人にも読みやすいものではあるはず。
たくさんの人の純文学への入り口になったかもしれない本が世に出た時代に生きていたというのは、かなり幸運なことなのかもしれないと思いつつ、締めたいと思います。
文庫版のみ収録のエッセイに関しては、またエッセイについてぐだぐだ書くときにでも。

ここまで読んでくださった数奇な方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。
新作『劇場』も、読んだ知人が絶賛していましたが、やっぱし貧乏なので文庫を待ちます。